数年前のある日、小樽赤岩東の岩塔エビス岩を登攀した我々は、アンカーにダブルロープをセットした。結んだロープの端を、それぞれエイトノットで処理し、下へ向かって投げ込んだ。最初に降りた私は、地面に着く寸前に一方のロープが木に引っかかっている事に気づき、手繰り寄せようとしたが動かない。何とか降り立ち、足場の良い地面で強引に引いたがやはり駄目だ。
どうして動かないのか良く見てみると、なんとロープの端が、3メートル近く高い位置の、木の枝に結ばさっているではないか!思わず「ウソでしよう!」と叫んでしまった。
35年間もクライミングしてきて、こんな出来事は初めてだ。
セコンドが続いて降りて来たので、二人で引いたが外れない。位置が高いので、細い枝に登ることも不可能だ。途方に暮れた我々は、後日対応することにし、ロープは残置した。
エボシ岩懸垂(30m)の方向 中間から下部はハングしている
慣性モーメントが大きい物体(ロープ)は、木の枝を軸として、回すのは難しいが、ひとたび回り始めると、その回転を止めるのが難しくなる。岩塔のアンカーから落としたロープの一方の結んだ先端が、木の枝を軸として回転した。加速度のついた先端の回転は木の枝を一周し、輪になったロープの中心を通過したものと思われる。この事態を目にした時、我が目を疑った。後日、自宅で実験してみたが15回位に一度は輪になることが確認できた。まさかという出来事も、現実には起きうることを深く認識した出来事であった。
投げおろしただけで木の枝に見事に結ばさっていた!
後日自宅にて実験した結果、この様な現象が起きたと思われる
これは赤岩で起きた出来事なので、とりあえず残置して自宅に戻ったが、山岳ルートであったならば、危険を承知の上、全力を尽くして登り返しただろう。しかし、たとえブルージックで登り返し、つなぎを反対に換え、懸垂しロープを回収しても木の枝の絡みは解けない。
下部が見えない場合、一度にまとめてロープを落とすのではなく、セカンドが少しずつ送るという当たり前のセオリーである。経験が深くなっても、実行しなければ安全な行為に繋がらない。
後日、クラブの仲間に何とか回収してもらったが、木の枝を切ったのか、他のロープを使って引いたのかは、聞きそびれた。一週間放置したロープにはカメムシの匂いが付着し、洗濯を余儀なくされた。
エボシ岩上部アンカー 残置ロープが写っている