利尻山 西壁青い岩壁 1990年

利尻山西壁 青い岩壁

因果応報、自業自得
                       
1990年(平成2年)8月15~18日、

「8月16日3:00、目を覚ましたが、何てことだ、雨が降っている。右股へは落石が集中するので近づけない。しばらく様子を見ることにしてまた寝る。
7:00雨が上がったが壁が乾くのを待つ。あせってもしかたがないことだし、条件がととのわなければ事故になる。時間がたつにつれ天候は急速に回復に向かい、ガスが晴れ、雲も途切れ始めた。そして10:00すぎ、待望の青壁がやっと私達の前に姿を現したのだ。日を浴びているその壁は濡れて光っていた。幾ら天気が良くてもこれではとても無理と判断、今日一日停滞と決定する。
昼前には快晴となり真夏の日差しは暑くてたまらない。寝ては起き、そしてただボーと青壁を眺めるばかりだ。「これほど天気が良いのに停滞して良かったのだろうか?もし明日雨が降ったとしたら全て無駄になってしまう」と心の中で自問自答をくり返していた。夜になっても天気は良く、夕日の鮮やかささは明日の天気を我々に約束してくれた様に思えた。          
昼寝てばかり居たので夜なかなか眠れない。うつらうつらして見る夢は、壁の中で動けなくなり途方にくれているものや、惨めな敗退をしてがっかりしているもの、雨が降り壁に取付けず内心喜んでいるもの等ろくなものがない。

8月17日4:00起床、空は満天の星空である。やっとチャンスが巡ってきた。直ぐにツェルトをたたみ、5:00右股に向かって進む。いつもなら二股近くまである残雪も今年ははるか奥の方に引っ込んでおり、途中にシュルンドが出来てないか不安だったが、S字狭に入って二人ともガックリ来る。何と巾いっぱいに15m程崩壊している! もはやこれまでか…と思われたが、久保が下まで降り何とか突破口を見つけ再び雪上に這い上った。S字狭を回り込んだ所で頭上に青い岩壁がその姿を現し始めた。万年雪の終了点より大滝左のブッシュ帯登攀に入る。 

       5月の青壁全体像 傾斜がきつく脆い

大滝右岸草付壁 6:30 スタート
1P目 40m SK-SM 濡れていやらしいルンゼを左上するがピンが全く無いので一本打つが、スリップしたら多分抜けるので慎重に上がっていく。

2P目 30m SM-SK ブッシュクライミングで易しい。リッジに出た所に懸垂下降用ボルトがありここで切る。

3P目 25m SK-SM ブッシュでそれ程難しくない。

4P目30m SM-SK ブッシュを直上し、途中よりハング気味の壁に突き当たり、突破ロを探すが中々見つからない。右上は極めて困難なので仕方なし左上し木にぶらさがりながら上昇するがザックは引っ掛かるわ、重たいわですっかり消耗しながら草付きへ上がる。これでは先が思いやられる。

5P目 40m SK-SM 易しいブッシュを右上すると大滝の左上部に出た。
8:40ここから見上げる青い岩壁は庄倒的に我々に追ってくるが、ルート自体はそれ程立って見えず、むしろ易しく見えた。何とかなるだろう、わりと早い時間に抜けられるかも知れないと話し合つたが、これがとんでもない間違いであることを後から思い知らされることになった。濡れた大滝真上のルンゼを右上、青壁リッジの末端を迂回し、取付きへ向かって左上する。
Ⅲ級程のボロボロ壁をビレーなしで上っていくのはけっこう厳しいものがある。60m程で残置ボルトを見つけ取付きと確認する。9:30着。
 真夏のクライミングなので水を二人で3L近く持つ為装備は結構重く、登攀具を身につけた後、ザックはトップは6kg、セコンドは12~13kg近くなった。未知のハードなルートを登るには厳しいがアルパインクライムである、仕方あるまい。

青い岩壁 10:00 スタ一ト
1P目 35m Ⅳ+A1 SK-SM 5m位左上し、ボルトでランニングを取りスラブを直上、ハングを右へ回り込むと記録にあったが、かなり難しそうなのでハングを直上して越える。ボルトが2本ある所を直上、ジェードル下テラスへ出た。 
西壁で一番堅くしっかりしていると書いてあったのに実にモロい。触るのもの全てが剥離しそうだ。このテラスは横にボルトが3本連打されている。 11:00。

2 P目 17m V+A1 SM-SK ジェードル状を左上し、力ンテラインをハーケン使い直上、そして外傾テラスへ出たが、アンカーのボルトは1本を残して全て無くなっている。上のハングからの落石でへし折るのだろう。本来はここでピッチを切るがここにボルトを足してもいずれはなくなってしまう。ここより3m左トラバースして残置テープの付いたボルトの左へRCCボルトを1本打ち足してピッチを切る。一人しか立てないスタンスで、ハンギングビレーとなってしまった。SKがフォローして12:30となる。

3P目 40m V+A1 SK-SM 残置テープスタンスよりルートが良く分からずあれこれ捜すが、左に残置ハーケンを見つけ左に2mトラバース、ここより直上。そしてハングしたバンドに頭を押さえられながら右上し、シンクラックが2本あるうち、残置ハーケンのある右を直上する。上部で右手で捕らえたホールドがガバリと剥がれ、バラバラとビレーヤーめがけて落ちてきた。あやうく墜落するのをこらえ、すぐ上のホールドに飛びつき墜落を免れたとのこと。一見しっかりしている様に見えるところもこの調子であり、見るからにモロそうなのは完全に剥がれる。しかも、どこを進んでもモロい所ばかりだ。ハングにぶつかった所でフレンズにてランニングを取り左上して大テラスに出た。SMフォローして13:00。
ここで大休止し、回りを眺めるが素晴らしい光景が眼下に広がっている。右股奥壁が赤茶けた険悪な壁を現し、P2リッジが垂直にそそり立っている。ガスがわいては消えをくり返す光景は幻想の世界に居るようだ。きつい日差しもガスでさえ切られることが多く、水もたっぷり有るのでとても快適に登れる。

 

    崩壊する山、利尻山を象徴するピッチは厳しかった


4P目 25m V+A1 SM-SK 易しいと思って取付いたわけでは無いがここでつまるとは思わなかった。そして邪魔なものとしてナッツの3番以上のセットを置いてスタートした。フレーク状を左へトラバースし4m位左へ回り込んだ所でルートが不明となった。 
記録では外傾テラス横のブッシュ凹角を直上するとあったのだが、そんな所はどこにもない。もっと左へトラバースすると大きな外傾テラスがあるが、あまりにトラバースしすぎるのでルートとは思われない。しかし迷つてばかりいられないので手前の外傾テラスへ上ろうとするが2cm位積もった土砂でスリップして上がれない。とても払い落としきれないので、ここはあきらめる。目の前の浮きぎみのフレーク下へ、ナイフブレード2本を左右に打ち、エクスパンディンクフレークにナッツ2番をかけアブミに乗つたとたん「ビシッ」という音をたてナッツが外れた。気が付くと400m下の大空沢に向かってさかさまにダイビングだ!「まるでアメリカンエイド!」幸い左右のハーケンがきいていたので6mの墜落ですみ、どこにもぶつからずにすんだ。そのままぶるさがつてしばらく上を見上げルートを捜すが良く分からない。とりあえず大テラスヘトラバースして戻り、まず水を一杯飲む。
重いからとギアを適当に選択して登ったつけを払ってしまった。因果応報、自業自得である。怪我はしなかったが、両腕は擦り傷だらけで見られたものではない。しばらく二人でルートの検討をするが、考えていても仕方ないことだ。ここは空身でリードし、ザックは荷上げと決定、再度左へトラバースしていく。

落ちた地点で気合いを入れ、外れたフレークに4番のナッツを強引にバイルで仰き込みレイバックで2m直上、少し安定したスタンスに出たが、相変わらずグサグサでハーケンは全く使えそうもない。かたっぱしからバイルで岩をはがし落としやっと出てきた壁にリングボルトを打つ。ここから右へ投げ出されそうになりながら正面 テラスへ上がる。荷上げは実にスムーズに上げられ、SKが上がって16:30となる。今まで1ピッチ1時間くらいで上がって来たのにここで3時間近くを費やしてしまった。あとはグローブまで2ピッチ、頭上には抜け口が見えてきた。どうも外傾テラスのドロは記録にある草付き凹角が崩壊してしまった痕跡らしい。それにしても経験したことの無いような悪いピッチであった。

5P目 30m V+1 SK-SM 力ンテを左へ回り込み、草付きジェードルを直上し、再び力ンテ(不安定な)を直上、そしてルンゼテラスへと出る。17:30 久保は早いペースでルンゼテラスへ達したので問題は最終ピッチのみとなった。

6P目 35m V-A1 SM-SK ルンゼテラスよりジェードルを7m直上し、ハングを右へトラバースするのだが、この辺りよりうわさに聞いていたボロボロの壁だ。ここからはランニングビレーは全く取れないし、右のルンゼに入るとグサグサでしかも濡れている。 
その上右へ大きくトラバースしている為、後へ引かれるようにザイルが重い。オポジションで慎重に上る。更に右上し、ハメ岩ルンゼに入ると抜け口のグローブ雪田のブッシュ帯が目の前だ。このルンゼは全てが崩れてしまう。足元はあてにならないが幸い左のブッシュは細かいが結構頼りになり一気にブッシュのアンカーへ達した。18:30終了。これでとりあえず帰れる。セコンドのSKがフォローして上がって来た時、真っ赤なタ日が日本海に沈まんとしていた。

ビバーク地を捜すと丁度グローブ下部の中央に大きな岩があり、その下に整地された所が見つかった。19:00。 何とか二人が横になれツェルトを張る。
青壁はたった6Pだし、ルートの技術的なものは難しいとは思わないが、壁のモロさはテクニックだけではカバー出来ない。残置ボルトは大体信用できるのと比べハーケンの半分は効いておらず。 きかせるリスも少ない。その絶対数も1ピッチに2本~4本と少ない。壁に取付いた後は敗退しようにも、そのほうが長く、かえって危険が大きい為、登り切るしかないので緊張と圧迫感の連続となる。」                 (SM)


道内のアルパインルートとして、取付きまでたどり着くのが大変であり、壁自体もやさしくない。すでに20登近く登られているが冬期は1999年1月札幌登攀倶楽部の中川博之、伊藤仰二の二名により初登されたが、2024年現在、第二登の報は聞いていない。


  硬いが剥離するスレートのような岩は油断できない