芦別岳 夫婦岩北西壁ダイレクト単独 1988年

芦別岳夫婦岩北西壁ダイレクト 

バーネットシステムによる単独登攀 その1

1988年5月2~5日

2日17:30旧道登山口に到着したのだが、ゴールデンウイークであるにもかかわらず誰も入っていない。この後入ってくるだろうがそれにしても少ない。
おかげでトレースが無く、埋まったり滑ったり暗くなる寸前ユーフレ小屋にたどり着いた。誰もいない小屋はお化けの類を信じない私でもさすがに気持ち悪い。
登攀に徹した今回はガス、コッヘルは持たず行動食のみ10食にするという極貧食生活に徹したのだが、さすがにやりすぎかもしれない。
しかし、登攀道具を省くわけにいかないし、単独なのだから仕方ない。
おまけにシュラフ、シュラフカバーを省きゴアツエルトに包まって寝るのだから、路上生活者並みの姿だ。
寒い、寒い、言葉で言い表せないくらい寒く、結局二時間も寝ないうちに起き出し小屋の中にツエルトを張り、ローソクで暖をとりながら夜明けを待った。

5月3日
05:20小屋を出て夫婦沢を辿ると、快晴の空に歩きやすい斜面、そして誰もいない山を独り占めしているひと時は贅沢そのものだ。
07:30 夫婦基部 気温はそれほど低く感じないが風が強く上部はガスっている。ザックを下ろしてしばらく上を見上げてどうするか考える。
 ここまで来てバーネットシステムの有効性を確認しないまま、何もせずに引き下がるわけにいかないので準備を進める。
 天気はこれ以上良くなる気配がないので、3P以内で下降することに決めザックを背負っての登り返しは止め空身、チョークなし、手袋をはいてのクライミングとした。
基部にあるボルトのアンカーにザイルの末端を固定し、プーリー、リング、アッセンダーノットと通していく。
バックアップとしてエイトノットを5m後に結び再び上を見上げ事故は起こせないぞと自分に言い聞かせスタートする。

ハング下のクラックにフレンズ2半をセット、50cm上のハーケンにもう一個ランナーを取る。さらに少し上のボルトにセットした後フィフィにて一息入れる。
10m位の高さだがザイルは調子よく流れ、セルフを取った後50cm位墜ちてみたが、アッセンダーノットは良く締まり落下は停止した。
長い墜落ではどうなるかは分からないがおそらく止まるだろう。気分的には確保されながらリードしているのと変わりなく感じる。ただ垂直に近くなるほどノットの効きは大きく、壁の傾斜が緩くなるほどズルズル滑り落ちる点は注意が必要だ。バンドから上は風が強く寒いのでスラブは登らず、左を巻いてアンカーへ出るがそのまま上り、ジエードル下のアンカーで今回は終了することにした。
いったんアプザイレンし基部まで下降し、基部のアンカーを解除、ユマール一個をチェストハーネスにセットしフリーにて登り返し、二回のアプザイレンにて再びアプザイレン。
テストとしてはうまくいったが、単独ゆえ失敗したら誰も助けに来ないのだから絶対に墜ちることは許されないのは自明だ。
11:30夫婦沢を下り、12:30ユーフレ小屋に到着

 単独時の装備 テント以外はユーフレ小屋まで持参した (これは持ちすぎだ)


芦別岳夫婦岩北西壁ダイレクト 
     バーネットシステムによる単独登攀その2
1988年6月10~12日
   
旧道登口04:20, 夫婦沢05:30、夫婦岩基部8:10
前回来たと時とは違い、夫婦沢は大きく雪が融け水が氾濫していた。
斜面は土が崩れ、歩きにくいことこの上ない。結局水流に入りざるを得ず、切れるような冷たい水はオーロンの靴下を履いているとはいえガントレではひとたまりを得ない。
ようやく雪渓が現れほっとするが、ガリの無くなったソールは滑る。
木の枝を拾いストック代わりにしてやっとのことで夫婦基部にたどり着く。

9:00登攀開始
1P目 Ⅴ A0 25m
ボルト二本にハーケンを追加し、ザイル末端とショックアブソーバーとしてのザックを固定しバーネットシステムをセットしてスタート。天気も気温も良いのでクラック沿いのフエースを快調に登っていく。バンドに出てボルトにランナーをセット、1m上がってハーケンを一本打ち込みフエースを一気に上がりアンカーに着く。

2P目 Ⅲ+ 17m
前回と同じく本来ここで切るのではなく、42m一本として続けて上がって行く。
バックアップシステムは8m位でセット。しかし、ここでカラビナ二個、ナッツ二個、回収器をポタポタ落としてしまった。Ⅲ級なので難しくは無く、アンカーに達する。いったん基部まで下降しザックを背負い登り返す。二度手間になるのは単独では仕方がない。

3P目 Ⅴ+A1 35m
システムを分解して再び組み立てるこの一連の動きが一番危険であるのは言うまでもない。一つ一つ確認しながら再度ジエードルのスラブを見ると、濡れている。フリーは諦めアブミで登り始めるとケブラーの高級ヌンチャクが一本残置されている。落とした分の元が取れたなと喜んだが、ゲートに赤いテープが巻いてあり『はて、どこかで見たことがある』そうだHK氏のスリングセットに違いないと頭の中で一致した。正月山行でM、K、Hパーティが残置したものと後日判明、返却。結局A0三回、A1一回で抜け凹角へ入り、カンテに出て10mランナウトシアンカーに出た。冷や汗がタラリと流れた。

4P目 Ⅲ+ 35m
アンカーにザックを固定し、再び登ろうとしたその時、突然下から声をかけられ驚く。
下を見ると二人の人間が手を振っているではないか、止めてよね、冗談じゃない真剣に登っているのだからそっとしていて欲しい。
時間がないのでここからはザックを残置し、登り返し時には空身で登ることにした。デルタ草付きを上がり潅木でビレー点とする。

5P目 Ⅲ+ 25m
デルタよりカンテの右凹角を上がって行くがやさしくもボロボロで恐ろしい。
ブッシュに突入し潅木でビレー。アプザイレン。
5P登るということは登り返しがあるので10P登ることになるのでだんだん元気が無くなる。 14:20夫婦ピークまで行く時間がなくなりここで終了。14:30下降開始。
                                 (SM)

 

当時、パートナーが仕事の都合でいなくなってしまった。どうにも困った私は本を読んでいるうちに、バーネットシステムという単独登攀システムが存在していることを知った。それまでもロープを短く結ぶやり方は知っていたが、効率が悪くとても実用になるとは思えなかった。バーネットシステムはアンカーにロープの末端を固定し、ロープをハーネスに付けたオートブロック、ワッシャ、チェストハーネに付けたプーリー、と通して残りのロープは下に垂れ下げる。落ちた場合、プーリーが遊びオートブロックで止まる。単純だがほぼ間違いなく停止する。このシステムの最大の利点は、クライマーが登るにつれオートブロックを通過するロープが、ワッシャーとプーリーを通ることにより止まることがないことだ。つまり、ロープが自動的に繰り出されるのと同じだから、理屈上ビレイヤーに確保されていることになる。ただし、ロープ長の半分を過ぎるとロープの自重で勝手に下がっていくので、注意が必要だ。それを避けるためにバックアップのノットが途中に結ぶ。傾斜が緩いとオートブロックが効かず、ズルズル落ちる可能性が高い。その後、ソロイストという単独登攀アッセンダーを購入したのだが、重くて使いものにならなかった。

システムに問題はないと考えていたが、単独登攀でアルパインクライミングということは、ケガをした場合、まわりに誰もいないということだろう。これは普通の登山でも言えるのだが、アルパインクライミングの場合、ほとんど人の入らない岩場であることだ。致命的な弱点である。システムどうのこうのではなく、考え方の問題でもある。これは解決のしょうがない。その後、雷電海岸北西壁での単独を行なったが、それ以来実行することはなかった。

単独時はユマールで登り返しするので負担が大きい

アンカーにザックを繋ぎショックアブソーバーとする