芦別岳夫婦岩 北壁カンテ 1987年
暗闇に広がる恐怖のショウタイム
1987 年 10 月 9~11 日
旧道登山口 07:30 天候は極めてよく、快調にペースが進み夫婦岩 10:50 着。
旭川教育大学パーティがすでに目標の北西壁ダイレクトに取り付いていた。
北壁カンテに変更することにし、とりあえずはテン場に向かい荷を下ろす。
テントを張るのに一時間近くかかった為、後でひどい目にあうことは、まったく考えなかった。初見の北壁カンテであるが、北西壁ダイレクトより少し難しい。
スラブを左上するのが難しい
12:30 スタート
1P 目 Ⅴ+35m SM―HK
脆そうな右上バンドを四メートルほど登るとトビラに似たかぶり気味の壁となり、ホールドに乏しいスラブを左上するのだが、スタンスもやはりスメアで確実性に欠ける。Ⅴ級と気持ちをアップして一気に飛び込んでゆく。
左をつかみ、右手はサイドに引き体を振り込むとトラバースでき、その後一気に直上すると核心は終了。後はやさしい壁をアンカーまで。
2P目 Ⅳ 20m HK―SM
しっかりとしたスラブを直上して左へトラバース、ここから草付きとなり終了。
3P 目 Ⅵ― 30m SM―HK
見上げると右上していくジェードルで被っているのだが、クラックが上まで走っているが、それほど難しくは見えない。
しかし見た目より難しいとの評判だから考え直し、気合を入れて登りはじめた。
3m登ったところでハンドジャムがずるずると外れていまい、早くもテンション。
左の壁に左足を突っ張り、右足はフェースにスメア気味に張るのだが右足がちょうど良いところに届かない。無理に突っ張ろうとすると足がつりそうになる。短足の上体が硬いので厳しいムーブだ。クラックの中には木のクサビがあり驚いたが、さすがにそれらは使う気にならず、残置ボルト及びフレンズで支点を取る。
北壁カンテの核心3P目クラック
上部ハング下までにテンションの連発になりA0 を使わなかったが、これではフリーとは言えないだろう。しかし、ムーブごとに考えると解決できないものは無かったので、ノーテンションは可能なのかもしれない。
最後の出口のハングは記録に困難と書いてあったのだが、思い切って左手を伸ばすとガバがあり、これで体を引き上げ一気に越えた。
やさしいフェースを 10m でアンカーへ到達する。ここで 15:00。下降するか、全ピッチ上がりきって夫婦のピークまで登り、中央ルンゼを下降するかHKと相談すると、全ピッチ上りたいという私の希望で続行する。
4P 目 Ⅳ+ 30m HK―SM
出だしはしっかりしたフェースを登っていくが、中間より次第にいやらしい草付きフェイスになり、思ったより難しい。
5P 目 Ⅴ- SM―HK
Ⅴ-とのことで構えて取り付くが、それほど困難には思えない。
ただ途中より右を見ても、左を見ても全てボロボロである。チャラツナイの最頂部付近を思い出してしまった。ハーケンが右上にありそちらに導かれ上がっていくと、急にトラバースしたせいでザイルが流れなくなり、草付きに入る頃には片手で引っぱり上げながら、となった。16:00 終了。
取り付いたときは気温の低さに指先が冷たくてかなり緊張したが、3P 目に入る頃
には寒さがまったく気にならなくなっていた。
気温が適度で、クラックが乾いていたならばダイナミックで上りごたえの有る素晴らしいルートだ。
左が北峰、右が南峰、中間が中央ルンゼ
17:00 北峰ピーク。秋の空はどんどん暗くなり始め、ヘッドランプを持たない空身の我々は中央ルンゼに向って急いで降りていく。
風もいつの間にか強くなり体が振られてしまう。ガスが出てきており、いやな感じだ。潅木にスリングをかけ、45m のダブルで懸垂。ところが回収が重く、二人で引いてようやく降りてきた。体力を消耗する。二回目にかかるころにはとうとう手元も見えない暗闇となった。
三回目が終わったところで下降用支点を探しているうちに、南峰より落石がガラガラと無数に落ちてきた! 思わず身を壁に寄せるが、体を隠すところが無い。へばりついているHKに一発、SMのヘルメットに一発当たったが幸いたいしたことは無かった。
この間 10 秒くらいであったのだろうが、暗闇に広がる落石は見えなくても存在感が大きく、恐怖のショウタイムはとても長い時間に感じた。頭を抱えて息をのむ。落石は過ぎ去ったが動きがまったく取れない。しかしビバークもここではあまりに危険すぎる。天場で待つ大西にホイッスルを吹いてみる、としばらくしてルンゼの下部にヘッドランプの灯りが見えTOが上がってきた。足元を照らしてもらい
19:50 夫婦基部まで降りることが出来た。
取り付くことに気を取られ、遅い時間にもかかわらずヘッドランプも何も持たずにルートに取り付いた我々は愚か者である。
少なくともルートを終了した時点で、自分の置かれた状況を判断出来ていなかったことは間違いない。初見のルートを完登できたことで浮れてしまったのか、慢心になったのかどちらかだろう。仲間の二人がいなければ、我々は落石の恐怖に耐え、朝まで震えて過ごさなければならなかっただろう。
このあたりで落石の恐怖に耐えていた
翌朝、残置したザイルを回収しに中央ルンゼに行くと、そこは平凡な、歩いて下がれる岩場であった。 暗闇での行動がいかに制約され、判断が難しいか良く分かる。翌日北尾根に出て本峰まで行く予定であったが、昨日の疲れが抜けない二人の足取りは重く、他の二人には悪いが北尾根に出た時点で引き返すことにした。