柏原新道~鳴沢岳~針の木岳~蓮華岳~船窪小屋~七倉尾根 2023年

柏原新道~鳴沢岳~針の木岳~蓮華岳~船窪小屋~七倉尾根 2023年 

2023年8月31(木) ~9月5日(火) 

後立山連峰は普通、白馬岳から針ノ木岳までを指しているのだが、近年1、朝日岳経由で日本海の親不知海岸までを指すことが多いようだ。今回針ノ木岳を越えて七倉岳まで行くことで自分なりに納得を得ることが出来た。岩小屋岳、鳴沢岳、スバリ岳、針ノ木岳、蓮華岳、北葛岳、七倉岳と行くのだが、自分が知っていたのは針ノ木岳だけで他は全く知らなかった。
標高は2,800m程度が最高なので稜線は緑が豊富で穂高とは景色が全く違う。アップダウンが比較的小刻みにあるので軽量化に努めた。
2023年8月下旬になり、三個同時に発生した台風は、どうやら日本本土には接近しない公算が強くなった。しばらく前から動きを注視していた私は山行に影響がないことに安堵した。

8月31日
松本空港に到着し、前回と同じシャトルバスを予約していたが、空港の前にはバスターミナル行のバスしかいない。まさか今日も私ひとりしか予約していないのか、と考えて立っていたら、空港職員が近寄ってきた。
「なにかお困りですか?」「大町へのシャトルバスを探していますがいない」
「少しお待ちください」そう言うと、空港前に客待ちしているタクシーに声をかけ何やら話はじめた。こちらを向いて運転手が今日は予約が一つもないと困惑の表情で語る。私は黙って予約した際に発行された予約票をドライバーに差し出した。無線センターとやり取りした結果、システムの不備で予約が画面に残っていないことが判明し、急遽私はタクシー一人旅へとなってしまった。

松本空港~大町シャトル便\2500と格安 TAXI料金だと\26000! なんと十分の一だ

それにしても、夏山のハイシーズンにもかかわらず、松本空港から大町へのシャトルバスに乗る人が毎回一人とは信じられない。それほど飛行機を使って北アルプスに来る登山者が居ないのだろうか、登山自体が衰退してしまったのだろか、不思議ではある。

9月1日
山の賑わいは確かに減ったが、静かになった。10年前に槍穂高縦走、剣岳立山縦走時はどこも登山客であふれ、山小屋はイモ洗い状態であった。もっとも夏休み期間やお盆時期には多くの人が訪れるに違いはない。タクシーで柏原新道登山口に5:00着。5:15登山開始。ここに来るとさすがに多くに人が続々到着し登山道を登って行った。天気はうすぐもり、雨の降る気配はまったくない。気温も適度に低いので快調に登っていける。尾根から左斜面をトラバース気味に登っていくと、目指す針ノ木岳、スバリ岳、鳴沢岳がくっきりと見えるのは湿度が低く、空気が澄んでいるせいだろう。風は全くないので、稜線で晴れたら灼熱地獄になりかねない。今年の夏は33℃を二月近く連続し、しかも雨がほとんど降らないので、農作物に深刻な影響が出ているとタクシードライバーが話していた。そういえば今年は、長野県に台風も来ていないらしい。
種池山荘8:45 去年と全く同じタイムなのは不思議に思う。休む時間もばらばらであってもトータルすると、その人の実力通りの時間でしか到着できない。若ければ当然0.6~0.8なんて俊足で駆け抜けることは可能だが、高齢者は良くてコースタイム通り、1.2~1.3でも仕方がないだろう。もし、1.5~1.7まで落ちてしまったら北アルプスや長い行程の山は厳しくなる。特に北アルプスの夏は午後になると天候が急変し、雷が発生することが多いのでなおさらだ。まだ標準タイムで歩けている私は、とにかく早立ち早到着に徹する。

     針ノ木雪渓には全く雪が見当たらない これは驚いた

種池山荘から岩小屋岳方面に一歩踏み出すと、とたんに人影は途絶えてしまった。鉢の木サーキットと言われている周回コースが、ヤマレコ等のSNSで盛んに掲載されているので意外であった。それほどのアップダウンもなく新越山荘に11:29到着。
部屋は二人部屋の個室でずいぶん余裕があり快適だ。昼食に、さっそくラーメンを頼み外のテーブルで食べたが、塩味が足りない。\1,200。天気は相変わらず薄曇りで快適なのだが、時折太陽がもろに出てくると黙っていても汗が出てくる。標高2,500m稜線の9月とは思えない。
ラーメンを食べながら正面に見える針ノ木大雪渓に雪が全く見られないことに驚く。これは近来見られない現象なのか、今年だけの特異なものなのだろうか?そのためにどこの山小屋でも水の確保に相当苦労しているらしい。当然、テントで行動する者にとっても他人ごとではなく、枯れてしまった水場が多いとのことだ。

        静かで快適 宿泊者も通過する登山者も少ない

最終的には小屋から1リットル\500で購入せねばならないのは仕方がない。今日宿泊するのは8人ときわめて少ない。同室の若者は、私と同じく明日の4:00に針ノ木岳に向かうらしい。
定員50名のこじんまりした小屋は快適。広い個室は定員二名と贅沢な環境
一泊夕食で\12,900とリーズナブル  夕食は質素だがおいしい


9月2日
新越山荘4:38。鳴沢岳までは危険個所が少ないので、日が上がらない暗闇をヘッドランプを点灯し出発する。5:00東の空が朝焼けで美しく染まり、しばらく目が離せなかった。鳴沢岳頂上直下の崩壊地点で動くものが見えた。はじめは犬と思ったが、犬がこんな高山にいるはずもない。近づくとなんとサルの群れであった。サルにしても餌がなければ生きていけないので不思議な感じであった。

            爺が岳のシルエットは絵になる

夜が明けると剣岳に日が当たり迫力がある。そして何よりも2012年4月に伊藤達夫氏ら三名が遭難した鳴沢岳頂上に今現在立っている。アルパインクライマーとして名を売っていた実力者が、春の尾根で簡単に遭難してしまったと報道されたとき、私は信じられない思いがした。
単独で行動していたならば、遭難は避けることが出来たかもしれない。しかし、学生を率いたパーティであれば、統制の効かせた見える範囲で行動しなかったことに尽きるのではないだろうか。その場にいなければ、すなわち当事者でなければ本当の原因はわからないと言う人がいるが、それでは事故は無くならないし、亡くなった人たちは浮かばれない。伊藤達夫氏への事故調査委員会の厳しい指摘は、遭難現場に立って初めて深く同意できるものであった。事故は避けることが出来たかもしれないと。頂上の標識はなにも語ってくれなかったが。

         鳴沢岳頂上から剱岳 朝焼けは美しい

5:30鳴沢岳頂上は誰もおらず、静かに朝日が標識を照らし美しい。この様子だと気温が相当上がると予想されるため、赤沢岳へ向けて急ぐことにした。稜線は多少のアップダウンが有っても非常に歩きやすく、危険個所もほとんどない。それにしても他の登山者はめったに見かけないのは少し寂しい。

6:35 赤沢岳頂上。ここまで来ると待望の黒部湖が見えてきた。緑の山腹にグリーンの大きな水面は疲れた登山者たちを癒してくれるに違いない。ここで今日初めて針ノ木岳方面からの登山者に出会った。スバリ岳を眺めると続々とこちらに向かって歩いてくる。さすが針ノ木サーキットとよばれるだけあって人気のコースになっている。

赤沢岳。標高2673メートル。朝食おにぎり弁当。おにぎり2つのシンプルな弁当がむしろ嬉しい。750円。眼下に黒部ダム、正面に薬師岳と赤牛岳。次のターゲットがスバリ岳。200メートル弱、下る。けっこう険しい。鎖場こそないけれど、緊張感ある道が続く痩せ尾根、ガレ場も多い。普通に歩いていたら落ちないけれど。ガレ場はところどころ、道がわかりにくい。

         赤沢岳まで来ると黒部湖が見えてきた

標高2751メートル、スバリ岳に到着8:30。ここまで新越山荘から4時間弱。標識から黒部湖が真下に見え、迫力がある。黒部ダムは下の廊下の出発点だが、来年来ることが出来るだろうか? スバリの次は針ノ木岳。登っていく斜面はガレ、ザレで大変そうだ。遠くから見ていた時はほとんどアップダウンなさそうだったけれど、近くに来たらけっこう下る。スバリ岳から針ノ木岳が意外と遠い。

岩雪崩が起きそうな斜面に入った。スバリ岳からの最低コルを過ぎ、ザレ場、ガレ場と進んでいくうちに岩にペイントされた目印を見落としてしまった。大きな岩を通過し、三メートル進んで上に向かって直角に曲がった。足元の岩くずが次第に不安定になった。これは完全に間違えたと気がついても、もう後戻りできない。上がるより、下る方が数倍難しいのは自明だ。しかし、頂上に向かって進むのも積み重なった岩くずが、岩雪崩を起こしそうで進めない。唯一左へトラバースして元のルートへ戻るのしかない。さりとて迂闊に手をかけて引っ張ると、やはり岩雪崩となる。足を決め、岩くずは押さえて体重を乗せていく。その繰り返しで5分後ルートに戻ってきた。一瞬の油断、見落としが身の破滅をもたらすのだ。
経験が少なければ抜け出せない罠だろうが、まあ罠にはまる方が間抜けだが。後立山連峰には標高3000mを越える山は一つもないが、個性的で親しみやすく、適度な困難さがある。

             針の木岳から蓮華岳を見る

今回で四回足を運び、ほぼコンプリートであると考えていたのだが、それは大きな間違いであることに気がついた。朝日岳から日本海親不知海岸へのつがみ新道は別格としても黒部川周辺に見どころが多い。しかも谷が深いので下の廊下、水平歩道など危険で時間がかかるのだ。当然のことに危険な所ほど景色が良く、魅力がある。針ノ木岳頂上は人で溢れていた。針ノ木雪渓から入りここと蓮華岳に登るのがトレンドなのだろう。すぐに針ノ木峠に向かって降りていくが六時間近く歩いてきた身には意外につらい。

針ノ木小屋11:30着。小屋のまわりには大勢の登山客が徘徊しており人気のほどがよくわかる。宿泊の手続きを終えると中華丼を頼んだが、あまりおいしくない。これはがっかり。部屋から見える景色は北葛岳、七倉岳、不動岳、烏帽子岳、高瀬ダム、遠くに槍ヶ岳、穂高岳連峰がすべて見えるのだ。
同室になった男性は針ノ木雪渓から上がって来たらしいが、雪が全くないので歩きにくかったと話していた。彼は針ノ木サーキットを目指しているようで、明日は針ノ木、鳴沢岳、種池山荘経由で扇沢へと下山するとのことであった。あまり聞いたことのない名称だが、7~8年前に雑誌のPEAKSが、初めて扇沢~針ノ木岳周回コースに用いたらしい。
 なんとなく周回よりもサーキットの方が若者受けよく、かっこよく聞こえる。名前は大事なのだとつくづく思う。それにしても標準タイムの0.6~0.7程度で弾丸登山を実行する若者が多いので恐れ入る。トレイルランナーなのか5リットル程度のザックの男女ペアが走るように山を駆け抜けていく。コースを楽しむというよりは、とにかく時間をいかに短縮するかに目標をしているのだ。私のような高齢者、特に地方から出てきた者にとって北アルプスは滅多に来ることのできない特別な山だ。なるべくゆっくり歩き、危険を避け、景色を堪能するのが楽しい。

  北アルプス最深部の不動岳~烏帽子岳間は最悪の危険地帯でもある

部屋から見える景色は北葛岳、七倉岳、不動岳、烏帽子岳、高瀬ダム、遠くに槍ヶ岳、穂高岳連峰。
今回は蓮華岳~北葛岳~七倉岳~七倉ダムであるが、その延長上に烏帽子岳までのルートも一度は考えてみた。しかし、現場を一見しただけで止めてよかったと思った。地図では想像できないアップダウンが多すぎるのだ。しかもルート上の登山道があちらこちらで崩壊しているとの話を同室になった人から聞くことが出来た。この区間は北アルプスの最深部であり、秘境とさえいわれるほど人が入らないらしい。おまけに水場がないので担がなければならない。当然エスケープルートもない。二泊三日の日程にしても一日歩行時間は8~10時間なるのは高齢者には困難だろう。

とはいえ、それゆえに行ってみたいという誘惑にさらされてしまう。単独で行動するルートとしてはこのくらいが限界かもしれない。針ノ木小屋には久々に大勢の客があふれており、夕食も二回転していた。おそらく5~60人を越えていたかもしれない。昨年から後立山に四回来ているのだが、白馬山荘、白馬大池山荘、唐松岳山荘ではそれなりの客が入っていたものの、天狗山荘、八峰キレット小屋、新越山荘に至っては四~八人程度しかいないのに驚いた。これではいくら料金を一泊二食\15,000に値上げしたとしても、とてもペイできるとは思えない。

                広く快適な室内

山小屋は早くて5月のゴールデンウイークから開き、遅くても10月の中旬には閉じてしまう。つまり、長くても5か月以内の短期勝負になる。今年のように台風が少なく、晴天が続いたら問題はないだろうが、天候が悪いとたちまち赤字に陥るのだ。それでなくとも資材の運搬のためのヘリコプター料金が高沸し、アルバイトの人件費も上がってきたという。高齢登山者として、山小屋はなくてはならないものゆえに、何とか継続してほしいものだ。とはいえ、コロナ以降山小屋の定員は約半分以下になった。それゆえ定員を超える二人で布団一枚という人権無視の状態はまったく解消され、快適に寝ることが出来る。これは女性、老人にとっては願ってもない環境だ。

明日は蓮華岳を越え、大下りから北葛岳、七倉岳そして船窪小屋へ向かうことになるが、一番厳しい下りと繰り返す登りで消耗が激しいらしい。コースタイム6時間とあるので朝は4:30には小屋を出なければならない。何もわからない核心部を行くのは不安があっても、期待の方がまさるのだ。今までの経験とクライミングで得た技術、そして体力と言いたいが、こればかりは落ちていく一方だ。大キレットやジャンダルムで滑落する者が絶えないのは、技術と経験の裏付けがないままにネットの情報で突入して行くからに違いない。
ニュースではその遭難者の年齢だけ伝えられ、経験値、どのような山行をしてきたのかはわからないが、無謀高齢単独登山者で片づけられているのは納得いかないけれど。今回自分が最高齢者の一人だろうと考えていたが、78才がいたので自分ももう少しできるのではないかと、安心してしまった。

9月3日
早朝4:15針ノ木小屋を出る。まだ暗闇だがヘッドランプでも危険は全くない。前後に蓮華岳を目指す人が結構いるのに驚いた。ご来光を見るのだろう。興味のない私は蓮華の大下りに突入する時間に明るくなれば良い。

      蓮華岳頂上 人物の向こうには浅間山の噴煙が見える

日が地平線から出てまもなく蓮華岳の頂上に到着したが、そこには想像をこえる登山者が朝日を眺めていた。雲がほとんどないので、雲海からの感動的な景色は見られなかったようだがmガスや雨で何も見えないよりは数万倍も良いのは言うまでもない。
蓮華岳山頂をあとに北葛岳へと急な尾根道を下っていく。山頂から標高差約520mの下りは、小石を大量にまき散らしたようなザレをジグザグに始まり、岩稜帯の尾根にかわる。

次第に細くなり、岩稜のピークや岩場の下りが増えてくる。難しくも危険でもないが油断はできない。天狗の尾根のようなザレザレ地獄よりは面白い。標高2380m辺りで休憩、この辺りから鞍部の標高約2280mへ、さらに急斜面の岩場になり注意しながら下る。このコースのルート整備は近年ほとんど顧みられることなく、木のステップは腐れ崩壊していた。鎖にしても古さは否めないが、アンカーボルトだけは新しかった。
それだけ訪れる人が少ないということだろうか。鞍部までトラブルなく下降し、ここから北葛岳への登り返しだ。標高差270mほどを登っていく、途中ピークを越えるたびに山頂でないのでがっかりする。北葛岳に到着、北葛岳は標高2551mで山頂は狭い。

山名部分が吹き飛んでしまった標識は腐れて倒れていた。不敬ながら横倒しの標識に腰を掛け行動食を食べ、しばらく休憩。この先を見ると、また数百メートルも下った遥か下にコルが見え、これが最後のコルになるのことを祈ってしまった。標高2320m鞍部まで標高差約230m、尾根を下り、小ピークの岩稜を越え、急な岩場、ハシゴなどを下っていく。七倉乗越から長いパイプを二本が崩壊した斜面に縛り付けてあった。標高が高くないためハイマツやかばの木が多く、日陰が出来て大いに助かった。

   蓮華岳からの下りは蓮華の大下りと呼ばれ滑落に注意が必要

      哀れな北葛岳標識 不遜なことに腰を掛けて昼飯を食べた

北葛岳頂上標識は破損し横倒し状態、2011年の標識はしっかりしていた。
鉄ハシゴを登り、七倉岳へと標高差190mを登り返していく。ピークが思いの外多くあり、偽山頂を幾度も通過して山頂まで相当疲れた。
 七倉岳では今回唯一のガスがかかり、何も見えなくなったが、これでもう登りはなくなった。あとは船窪小屋まで降り、明日は船窪新道を下山すればよいのだ。想像よりアップダウンが大きく疲れたが、何とか標準タイムで行動できたことに深い安心感があった。
七倉岳のなだらかな稜線上に船窪小屋がポツンと建っていた。この小屋は簡単に来れるような人気ルートにあるわけではないので、泊まる人は少ない。この日も私を含めてわずか四人しかおらず、昨年のキレット小屋と同じだ。稜線上にあるがゆえに、水の確保が困難で洗面所が表にあっても水は出ない。つまり、自分の手持ちの水を使って顔を洗ったり歯を磨いたりしなければならないのだ。水は500ml\350と高価でありコップ一杯で歯を磨き、もう一杯で顔を洗った。

   七倉尾根の最上部に位置する船窪小屋はフアンが多いという話だ

      ランプと囲炉裏は懐かしく感じる(知らんけど)

ランプの小屋が売り物の小さな山小屋だが、実際はLEDを中に入れてあるので油を燃やしているわけではない。昔、室蘭岳の白鳥ヒュッテでは灯油ランプで明かりを取っていたのを思い出し懐かしい。雰囲気は昭和初期の小屋そのものである。昼食にラーメンを頼んだが、結構時間をかけて調理している。具はチャーシュー、ワカメ、ニンジン、白菜と町場と変わらない内容でうまい。
 おまけに囲炉裏に鉄瓶が下がっていたが、残念なことに夏の暑い盛りには火を入れることはないらしい。囲炉裏のまわりに二人用の座りテーブルが三台囲むように並べられ、一度に六人までしか食事がとれない。もっとも、今晩は四人なので間に合うのだが。ラーメンを食べてから表でポツリ、ポツリと縦走者がやってきて休憩をしている。話を聞くと高瀬ダムから烏帽子岳~不動岳~七倉岳と難関コースを通っている。もっとも、皆20~30代の若者だから当然と言えば当然だが感心するばかりだ。高齢者の自分にとっては、相当の覚悟と準備をしなければ実行できないだろう。失敗すると救助隊が出動してしまう。

    これは手が込んでいてまるで料亭の料理みたいだ うまい

今年も船窪小屋は先代のおとうさん一人で小屋番していた時代の名物『ビーフシチュー』と、おかあさんが腕を奮った時代の名物、山を歩いて摘んだ山菜の『あざみの天ぷら』を両柱に粕漬けやたくわんと紫米を混ぜたご飯は腹もちがよく、噛むと染み出すほんのりとした甘さが「旨いな~」と感じる。決して豪華ではないが、手のかかったメニューは他の山小屋では出来ないだろう。最後の最後にこのルートをようやく歩けたという人がとても多いらしい。このマイナールートに構える『北アルプス一恵まれない山小屋』とも言われる小さな山小屋は山上のオアシスといえるだろう。
 
今回の山行は明日の早朝、船窪新道を一気に下って終了だ。想像していたよりはるかに面白かった。単独山行を非難する声が大きいのだが、一人で計画し、調査し実行する。すべての判断、責任を取ることになる。万が一に事故が発生することもあるだろう。それは避けようがない偶発的な外的要因もあるし、自分のうっかりした行動、判断ミスもあるに違いない。その場合、大勢の人々に迷惑がかかってしまう。しかし単独山行は法律で禁止されているわけではなく、思想の問題であると考える。普段の生活でも交通事故があるし、階段から転落することは誰にでもありうるのだ。建設現場でクレーンが倒れ、下敷きになる事故が最近多発しているが、それと山での事故の何が違うというのか。当然のことに救助する人々に多大の負担をかけてしまうのは心苦しい。そうならないように、充分な装備と調査、そして細心の注意を払って行動することが唯一の方策だろう。無論、充分な経験を積まなければジャンダルムや大キレット、不帰の嶮等の岩稜へ行くべきではないのは当たり前である。ネットで得た自己顕示欲の強いスーパー登山者情報を信じて、自分も行けるのだと思い込む者には破滅が待っている。行けるのか、行けないのか博打のような行動も結果は明白だ。

             最後まで天気は良かった

9月4日
早朝3:30起床。前日に頂いたおにぎり弁当を一個食べ4:00小屋を出た。今日も天気は良さそうで、下山はバスの時間に間に合うだろう。天狗の庭を過ぎると急降下の始まりであるが、3日間激しいアップダウンの繰り返しのようなザレザレではないので飛ぶように降りていく。とはいえ、急傾斜なので転倒するとただでは済まない。稜線上からも真下にゴールの七倉山荘が見えてるので、視覚的にもどれほどの急降下か感じられる。
それでも危険箇所にはこれでもかといった多くの木の梯子が設置され、随分歩きやすく整備されていた。これは下りよりも、相当登りでは大変だろう。標準タイムで6時間は納得だ。鼻付八丁の登りはキツいだろう。

 

早朝4:00歩き始めてから三十分程度で天狗の庭といわれている一角を通り過ぎた。庭と呼ばれているからには、広場か展望の良い場所なのだろうが、暗闇で何も見えない。ここ過ぎると急に角度のきつい岩場に変わった。その後深い森の中に突入し、丸太を組み合わせた梯子が数知れないくらい続いた。下りだから良いものの、これが登りであればきっと大変に違いない。私なら休む回数が多いので、おそらく六時間を超えてしまうに違いない。明るくなっても、曇り空の為、薄暗く森の深さが想像できた。バス時間の9:00に間に合うように急いだが、うまくすると七倉荘の風呂に間に合うのでうれしい。

 

7:40七倉山荘に到着。バス時間まで風呂にゆっくりできる。それにしても下ってきた三時間半の間、誰一人として登山者に合わなかったのは不思議ではある。それほど一般的ルートではないにしろ、ガイドブックに載っているのに、どうしてだろう。体力的にはきついが、とても面白く登りがいがある。バスの出発時間が来ても誰も現れず、乗客は私ひとりだった。  
大町駅に到着し、昨年来四回目の立食い蕎麦を食べる。過去二回はカレー蕎麦、と山菜きの子蕎麦であったが、信州まで来てカレーはないだろうと考えなおし、山菜天ぷらにした。立食いといえどとてもおいしい。
GPSログを標高で見てみると最高地点は蓮華岳の2830mが最も高く、平均2600mなので風がないとけっこう暑い。登りになりとすぐにハイマツの木陰で休憩し、さっぱり進まない。それでも、余裕を充分取っているので予定通りこなせたのは良かった。天気が毎日良いためどこに、どんな山があるのかよくわかる。後立山連峰は一通り登ったので来年は黒部川の下の廊下、伊藤新道や北鎌尾根などに行けるだろうか?