明星山P6南壁~小川山
あまりに遠い明星山P6南壁!
10月24日(火)
20年以上以前から明星山P6南壁フリースピリッツを一度登りたいと考えてはいたが、実現しなかった。アルパインクライミングだから当然、単独では無理だ。しかしパートナーを得ることが出来ないまま年月が過ぎてしまった。2022年に発想の転換をしてガイドさんにお願いして夢をかなえることにした。当然、理想はつるべで登ることだが、リードはガイドさん、フォローとして私のオーダーは固定される。明星山P6南壁は石灰岩の高低差400mをこえる大岩壁だ。しかし、アプローチは小滝川を挟んで真向いの駐車場から15分程度と激近なのが素晴らしい。フリースピリッツは、傾斜の強い壁を、弱点を突いて15Pのフリークライミングで登る。プロテクションは古いハーケンやボルトなど貧弱だし、壁は脆いという。アプローチは簡単でも、気が抜けないアルパインクライミングといえるマルチピッチだ。
快晴無風、壁は乾いているし目の前にあっても行けない
早朝4:57ルートイン糸魚川で集合し、暗い中、明星山P6南壁へ向かう。5時半にヒスイ狭駐車場に到着した。薄暗い中、結構厳しい藪を漕いで降り、川岸で見たものは、増水した流れと、切れて役に立たなくなったフィックスロープだ。チロリアンブリッジもできない。これは全く想定していない事態だし、ガイドKさんも驚いている。三十分位あれこれ、川を渡る検討したけれど、膝くらいある流れは、どうにもならない。水の底は丸い岩で、絶対に滑る。そうなると山で溺れるという、情け無い結果が待っている。壁を登るより、余程困難だ。核心は取り付き前に有る。渡りさえすれば、下山は水道橋から戻れるのだが、逆は壁を水流が洗っており不可能だ。目の前から30メートル余りの取付き、乾いて最高のコンディションの壁。しかし如何ともし難い。
取付きを目の前にして増水し渡渉ができない、
駐車場に戻り、次の手を検討した結果、小川山のマルチピッチを提案され、急きょ向かう。未練がましく南壁を仰ぎ見、写真を撮影。チャンスは再び無いかも知れない。フリースピリッツを目に焼き付け車に乗り込んだ。来月もフリースピリッツをガイドするとの事で、ロープをフィックスし直したいと話していた。地元の山岳会で動かなければ、ガイドがやらないと明星は誰も登れない。岩場の整備は今やガイドの仕事になったのだ。 いざ小川山へ。とはいえ、札幌から層雲峡まで走ったと同じだから、距離は250km、時間は4時間と車に乗っているだけで、モチベーションと体調はダダ下がる。走る途中には八ヶ岳連峰や富士山、北岳、南アルプス、浅間山などが見えて、それなりに勉強になった。でも、それらは多分登ることはあるまい。
八ヶ岳を左に小川山へまっしぐら
塩尻市からお洒落なお店の有る別荘地帯に入る。話によると都会的別荘地帯であり、田舎にありがちな干渉や煩わしい付き合いは少なく、人気があるらしい。しかも軽井沢より安い。しかし、小川山は遠い。 5時に糸魚川のホテルを出て、すでに4時間を越えてきた頃、ようやく車は川上村へと入ってきた。この近くにハードなマルチピッチルートとして有名な瑞牆山があるらしい。クルマに乗るのに飽きた頃、ようやく廻り目平に到着。話に聞いていたがここがフリークライミングのメッカだ。写真でしか見たことのない岩峰が林立している。しかも紅葉が絶好調で美しい。小川山がクライマーたちに長く愛されるのはそのルートの多さにある。クライミングのエリアは廻り目平近辺,金峰渓谷,屋根岩,西俣沢対岸,八幡沢近辺など大きく5つに分かれておりルートは700本に及ぶという。人気のあるはずだわ。
屋根岩方面は見事な紅葉で目を楽しませてくれた
到着が10時になったので、早速準備をして屋根岩ニ峰へと向かう。アプローチは下草の生えていない林間を行く。清々しく気分は最高だ。 最初の一本は、廻り目平からも大きく望まれる屋根岩2峰南壁を、右縁から回り込むように登る、人気マルチピッチルートセレクション6P 5.9を登る。クラック、チムニー、スラブ、アンダークリング等多彩な表情を見せてくれる。
セレクション6P 5.9
1P 5.7短いが、ハンドクラックが決まらないと苦労する。しかも左上するので、微妙なバランスを必要とする。ジャミング手袋を借り、何とかクリア。
2P ダイヤモンドスラブ 5.8傾斜の緩いスラブである。花崗岩のスラブは粒子が荒く、指に力を入れると痛い。そう言えばインズボンもこんな感じだったかな。そのため、フリクションは良いので意外と滑らないダイヤモンドスラブだ。 ガバホールドはなく,スラブ上のちょっとした凹凸を頼りに登るが、足にしっかりと乗れれば問題なく登れる。長いルートでありボルトがやや遠いのも重なって緊張感のあるピッチだ。
落ちそうで落ちないスラブ、上方のクラックは有名な蜘蛛の糸5.11bだ
3P チョックストーントラバース 5.6 アンカーからトラバースして行き、チョックストーンの下をくぐり、チムニーを上がったら終了。ザックを背負っては厳しいと言われていたが、慣れているので問題なし。
4P チムニー 5.8特に印象の薄いクラックを行く。短いオフウィズスクラックからフェイスに出る.このフェイスに出るところがやや難しくこのピッチの核心。クラックを直上する登り方と,他に左のフェイスの細かいステップを使う登り方があるらしい。 短いフェイスを抜けたら凹角を登り木で支点を作る。
5P ハング下トラバース 5.7 いったんランニングビレイを外すために3mほど登り、4m下がるので少し緊張した。その後5mトラバースしていくが見た目ほど難しくない。アンダークリングは決まるし、足元のスラブもフリクションはバッチリだ。最後の腹ばいクラック潜りゾーンは、落ちる気はしないものの、ほふく前進になり左へ抜けてアンカーだ。あまり経験のない面白ムーブ。
アンダークラックでスラブはフリクションが効く
アンダークラックの出口は、ほふく前進となり面白いムーブだ
6P ワイドハンドクラック 5.9ハンドクラック 5.9 最終PはY字に分かれたクラック。出だしはレイバック気味に登り分岐を右に進む方が難易度は低いが,K氏は左のハンドクラックへと向かう。しっかりとハンドジャムが効と安定して登ることができるはずだが、私のジャムは決まらない。ハングのところでカムを外したらテンション。3回もテンションして徐々に傾斜が緩くなるクラックを登りきると終了点にたどり着いた。
ジャミングが下手なのでテンションをかけてしまった
二峰からは三峰,四峰を眺めることができ、廻り目平を囲むようにエリアが全て見えた、10月の末なので一面に広がる紅葉を満喫できた。天気もよく、気分的には最高だ。ここから三回の懸垂で取付きの反対近くに降りた。下降地点には立木がうるさく生えていてロープが良く引かかかるらしい。そのため鋸で何本か切り落とした。さすがにガイドだ、普通なら面倒な手間など惜しんでクライミングだけに集中するだろうが、後のことを考えている。 赤岩整備も同じか。みなさんご苦労様。 午前中の長旅で疲れが出てきたので、終わりで良いかなと思ったが、三峰の正面には同程度の難易度の「南稜レモンルート(5.8)」があるので、もう一本行きましょうとなった。下降地点からさらに上に向かって上がる
三峰南稜レモンルート4P 5.9
1P 左上クラック 5.6途中に1カ所ボルトもあり、右壁のコーナーにカムを決まり、豊富な凹凸に導かれて高さを稼いでいく。 壁自体も寝ているので難しくない。
2P 水平トラバース 5.75mくらいのこのダイクトラバースは一見すると、何もないように見えるが、わずかにスタンスがあり、花崗岩の粒子はしっかりと荷重を受け止めてくれる。ただ、ランニングビレイがないので、落ちたらかなり振られてしまう。花崗岩の壁はおろし金だから、落ちたら恐ろしい。何とかこなした後に凹角を10mほど登ったら終了。 実際に乗り出してみると、つるっとしているかに見えたトラバース区間の壁には細かいながらポケットがあり、難なく渡ることができた。その先、凹角の上の樹木の幹にスリングを回して支点を作っていたKさんの左上に、このルートのハイライトである弓状クラック(15mくらい?)が待っている。このクラックは、本来はバリエーションですが、こちらをとらずにそのまま凹角の先のスラブを登ってしまっては易し過ぎるので、レモンルートと言えば弓状クラックを登るのが一般的らしい。
やさしいフェース
3P 、4P は時間の都合上、やさしい部分を登って終了。
今回のクライミングは、特上の寿司を楽しみにしていたのに、出てきたのは松のウナギだった。どちらも、とてもうまいのだけれど今は寿司を食いたいんだ、という感じか(笑)今日のクライミングに100%に近い満足感があるのだが、アルパインクライミングの満足感とはやはり違って来るのは否めない。しかしガイドさんの明星山P6南壁から小川山への切り替えと判断力に感心してしまった。 時間はすでに15:00。直ぐに二回の懸垂で取付きに戻る。わずかに暗くなり始めた林間を抜けて駐車場に16:20着。
思わぬ展開になったが、充実したマルチピッチクライミングができたので、満足度は高い。疲れたが、これから1時間半かけて北陸新幹線佐久平駅まで、送ってもらわねばならない。ガイドという職業は辛いものだと感じた。帰りの道も何処をどう走っているのか見当もつかない。佐久ヘ向かう道路正面に噴煙を上げているように見える山があった。浅間山らしい。すっかり暗くなった18:00佐久平駅に到着。挨拶もそこそこに、駅の階段を駆け上り切符を買う。直に列車到着し飛び乗る。これで安心した。12:00にアンパン二個食べただけなので、すっかりシャリバテを起こしている。駅ではキオスクに立ち寄る余裕もなく、座席で力無くもたれていた。しかし、居眠りをしていると糸魚川駅を乗り越す恐れが多分に有る。必死で眠気と闘いながら耐えていた。