2024年6月 倉上慶大 富士山で遭難 

2024年6月26日 倉上慶大 富士山で遭難 

つい先日、知人が集会の最中に体調をくずし、救急車で運ばれたが大事に至らなかった。彼は重症心室性不整脈発作を起こしたのだが、病院に到着するまでに発作はおさまったようだ。この病気は前触れもなく突然起こることがほとんどであり、いつ起こるか発作を予期することは不可能だ。とくに心室細動の場合、発作が始まって4分以内にAEDで対処しなければ救命は難しい。彼の場合、集会に来ていた人々は持病を持っていることを周知していて、慌てることなく対処したことに加えて体内にICD(植込み型除細動器)を埋め込んでおり、それも動作していたととのことであった。

ICDは致死性の不整脈(特に心室頻拍や心室細動)を感知し、自動的に電気ショックを与えて心臓の正常なリズムを回復させる医療機器であることは初めて知った。発作が、いつ起こるのかはだれもわからないし、周りにAEDがあるとは限らない。ICDは体内に埋め込むため、日常生活に多少の制約があっても多大な安心感があるだろう。
彼から聞いた話では、突然病院から電話がかかってきて、「今、不整脈が出たんだけれども体調はどうですか?」と言われたらしい。なんとインターネットに接続、スマートフォンや専用の中継機器を通じて遠隔モニタリング患者の状態をリアルタイムで監視し、データを医療機関に送信して、医師は患者の心臓の状態を継続的に監視し、異常があれば迅速に対応することができるとのことなのだ。AEDを探すことなく、心臓の動きを整えることになっているとは、時代は思っているより進歩しているのだ。

それで思いだした。
2024年6月26日午前11時ごろ、プロクライマー倉上慶大が富士山8合目で意識を失い、同行者が110番通報で救助を求めた。警察と消防が現場に向かい発見・救助し、富士河口湖町の病院に運ばれたが、死亡が確認されたのだ。38歳という若さであった。特にフリークライミングに関心を持っているわけではない私が、倉上慶大を知ったのはネットでNumber Web 2022/12/31 のインタビューを読んでからであった。
2021年11月28日の朝、レスト日を楽しもうと友人たちとマウンテンバイクで走り出してまもなく。倉上は、信号が変わってペダルを踏み込んだ瞬間、意識を失った。救急搬送された病院での診断結果は、「運動誘発型の冠攣縮(かんれんしゅく)性狭心症」という致死性不整脈(心室細動)であった。医師は「アスリートとしての復帰は難しい」と断言した。クライミングや登山中の発作によって突然死する可能性があるということだ。医者は当然のことにICDを強く勧めた。

しかし倉上はそれに納得しない。
『たいていの人は医師の勧めに従って除細動器を埋め込みます。でも、腕が肩より上がらなくなる、それはクライマーとしての人生をあきらめるに等しいわけです。入れたくないと伝えると、先生は「なに馬鹿げたことを」と言っていましたが、そこは自分としては簡単には譲れない問題です』

エル・キャピタン・ノーズのロープソロオールフリー初登、瑞牆・十一面岩正面壁・千日の瑠璃(5.14a R/X 7ピッチ)、国内最難のスラブルート小川山のPass It On(5.14+ R)などの数々の前人未到の記録を残している彼にとってそれは譲れないことなのだろう。

『本人の同意が必要とのことで、僕はお断りしました。カテーテルは前腕から入れて動脈内を通していくのですが、神経を傷つける可能性もあってクライミングに支障をきたすかもしれない。』
本人と家族は話し合いの上、ICDを埋め込む道を取らなかった
家族を前にして医師の驚き「え、どなたも止めないんですか?」当然だろう。
 
倉上はインタビューに答えている。
『別の言い方をすると、クライミングをあきらめるという選択のほうが、後々後悔すると思ったんです。あくまでも自分の生命観の話ですよ。もしもクライミングなしで70、80歳まで生きながらえたとしても、それは果たして、自分にとって幸せな人生なのだろうかと』

世の中には、とんでもなく過激な考えを持つ人がいるものだと忘れることが出来なかった。その人が、三年も経たずに結局死んでしまったのだ。
 心臓は車のエンジンに似て、過回転つまりレッドラインを越えて使い続けると限界が来ることを倉上は知っていたのだが、35才で発症し38才で死亡した。
本人に後悔はなかったとしても、ここまで短期間の間に終りが来ると、想像が出来ていたのか私は疑問に思う。どれほどのトップクライマーであってもピークがあるし、緩やかであっても下り坂が待っている。事故でもない限り70,80歳が待っているのだ。
自分の生命観の話だろうが、私は自分で守ることが出来る命は大切にしたいと考えている。誰が38歳で失った命を天命であると納得するだろうか?
医療関係者にとっても、救える命を救えなかったことは心に傷を残しかねない。

参考資料
Number Web 2022/12/31