マークスの山 高村薫
上部組織の捜査妨害圧力に遭いながら、冷血の殺人者を追いつめる警視庁捜査第一課合田刑事らをリアルに描いた本格的警察小説。警察内部の対立、抜け駆け、駆け引きとこんなにひどくはないのではと思いながら、あり得ると思わせる筆力はさすがに高村薫である。犯人のマークスは、10歳の時に両親が北岳の麓において、車中で一酸化炭素中毒による一家心中で死を遂げた。その際に両親は死ぬが、本人のみ奇跡的に脱出し、山の中をさまよいながら助かる。彼の統合失調症は、母親からの遺伝と一酸化炭素中毒の後遺症が残り、三年周期で暗い山と明るい山が訪れる。暗い山に怯え、明るい山では躁状態となり、やがて彼は理解者に出会いながらも連続殺人犯となる。
偶然盗みに入った家で、重大な過去の秘密が書かれた手紙を発見し、5人の男たちをゆする。16年前に北岳で起こった死体遺棄事件。男たちは社会的に重要な地位におり、秘密がばれると全てを失う。そしてマークスに反撃。
警察組織、マークス、恐喝され反撃する者たちの人間模様は暗い。マークスが最後に向かう山、北岳も真っ暗な闇である。山を舞台にしたミステリーであるが、あくまで暗く陰湿である。こんな山には登りたくないが、設定として非常にうまい。マークスの使う凶器も登攀具であり最後まで謎は解けない。
時代背景が現在と相当違うので、気持ちを入れ込むのに少し戸惑うかもしれないが、数ページ読むと間違いなく読み進むだろう。さすがに直木賞を受賞しただけのことはある。超人的登山者が人知を超えた活躍する本も面白いのだが、一度読んだら二度と読まない。
マークスの山は初版時から何度読み返したことだろう。数回では済まないだろう。
決して楽しい気分にはならないが、入り込む世界がここにはある。
高村薫には『黄金を抱いて翔べ』『リヴィエラを撃て』『マークスの山』そのほかに『レディ・ジョーカー』『神の火』『照柿』などがあり、いずれも相当難しい。
松本清張にも似たような山岳小説があるが、これほど暴力的ではない。