利尻山西壁 ローソク岩正面Aフエイス
しかし、墜落は許されない
1990年(平成2年)5月3日
1:00起床、準備を整え3:00 C1を他パーティに先駆けて歩く。先日の南綾事故の影響で西大空沢に信じられない数のパーティが集結したため、なんとしても第一コルに一番先に着かなければ順番待ちになり、今日中に頂稜に達しないし、何より午後から天候が悪化するためBVだけは避けたい。
後続のヘッドランプがチラつく中5:20何とか先頭で左リッジ取付けた。
P4より雪壁登攀2Pで左リッジのP3より離れ、第二ローソクルンゼに出て直上するが、若いKDにはるかに遅れる。Aフェイスからの落石が怖いが歳の差と体力の違いはいかんともしがたい。幸い大きな落石も無く7:00取付きに到着。
利尻山西壁全体像 Aフェイスはローソク岩下部になる
7:30 Aフェイス基部スタート、
1P目、35m SM-KD、上部より水がしたたり落ち凍ったブッシュをつかんで左上するが、太く見えたブッシュは細かく、すぐに折れてしまう。5mで右上し、石をはめ込んだようなフェイスを更に右上。リッジを越え、浅いガリーを10m直上し、ブッシュのアンカーでピッチを切る。足もとが安定していないのでハンギングビレーに近い。
2P目、40m KD-SM、ここは難しそうなハングぎみの壁なので空身でリードし、KDのザックを荷上とした。これは間違いのもとであった。ハングした凹角を10m直上し、左のテラスより細かいブッシュの壁を直上する。難しい、そして危険だ。とても私には不可能に思える壁をKDは躊躇することなくリードする。
上部よりザックを力ラビナプルージックで強引に引き上げ、セコンドが引っかかりを直すが、ザックがうまく上がって行かず、2人ともこのピッチですつかり消耗してしまい予定以上に時間がかかった。
細かいブッシュの垂壁から大斜面を見下げる
3P目、20m SM-KD、しばらく呼吸を整え、気を取り直して再び登り始める。壁は相変らず細かいブッシュの垂壁が上部へ続いている、先の見通しが非常に悪い。なんとか右上すると傾斜が少し落ちるように見えたので、そちらへトラバースして行く。ブッシュは割り箸のように細かく、体重をかけるとペキペキと今にも完全に折れそうな音をたてるので心臓に悪い。えぐれているところが多く、有効なスタンスもとれず必死の思いでフェイスを途中より直上、ブッシュを束ねたアンカーにぶら下がり、セコンドをビレーする。足もとが大斜面までスッパリ切れ高度感がすごい。ここから落ちたら200mを越える墜落は間違いないだろう。この辺りはダイヤモンドフェースの左端にあたるようだ。中央リッジのAH、SKパーティよりコールがかかるが返事をする余裕が無い。
4P目、20m SM-KD、ここから3m左上し、やっと少し傾斜が落ちたフェイスを直上するが、ザックが後ろへ引かれ苦しい。軽いザックでも苦しいのは自分ながら情けない。しかし、墜落は許されない。落ちたら多分ブッシュのランニングビレーは、ほとんどショックを吸収してくれるはずはなく、アンカーですら信頼に答えてくれるかは全く疑問である。
頭上の雪の付着したサイコロ状岩の手前で、何とか先が見えたので、気力を振り絞り、サイコロ岩基部右のテラスへ上がる。
12:00潅木とウェーブハーケン1本でアンカーを作り、セコンドを引き上げるが、腕の筋肉がストライキを起こしそうだ。20kg近いザックを背負ったKDは、それこそヤケクソで何やらわめきながら上がって来た。互いに顔を見合わせ思わず溜息。
5P目、25m SM-KD、 KDにリードを変わってもらいたかったが、セカンドになると重量級ザックが待っているという拷問には耐えられそうもないので仕方なく再び登り始めた。サイコロ岩テラスをA0で体を左へ振り這い松をつかむ。ひょいと頭を上げると頭上にはスノーリッジが、そしてローソク岩が目に入りほっとした。スノーリッジを20m直上しブッシュでピッチを切る。13:30どうやら、これ以上厳しい所はなさそうで、KDも気分を良くして上がってきた。やっと昼食にありつけた。
長浜尾根下部
6P目、40m KD-SM、雪の斜面を左へトラバースし、コル目掛けて行くが、雪が腐っている為油断はできない。この頃よりガスが出てきたので視界が悪化してくる。
7P目、50m SM-KD、コルよりローソク第1リッジへ目がけて右上トラバースし、潅木でピッチを切る。
8P目、30m KD-SM、ローソク岩第1リッジは、完全な岩だが浮いている。3m直上し、V字ハーケンを1本打ち込み、せり上がろうとしたが、左右のホールドとした、大きな岩が動くので弱気になった私はKDにリードを交替してもらう。KDは左上をさけ、直上しスカイラインに消え、しばらくしてビレイ解除のコールがかえってきた。ナイフリッジをまたいで10m進み、ビナクル右下でアングル2本を打ち込みアンカーとして全ピッチ終了。
若者にはとても敵わない
15:00 ここより20mのアブザイレンで中央ルンゼに降り立ち登攀を終了。頂稜に上がって行くとYSパーティーがテントを張る用意をしていた。しかし、ガスがどうやら雨に変わってきたので稜線でのVBをやめ、長官山小屋まで下ることにする。
16:15 下山開始。17:00 北稜の見慣れた長官小屋は、どこにも姿も形もなく雪の下に埋もれていた。仕方がないのでそのまま真っ直ぐキャンプ場まで下る。19:07
甘露泉に到着。
あずまやの下にツエルトを張っていると他会のMパーティーも到着。都合三張りが並んで賑やかになった。本当はAフェイスではなくBフェイス正面壁を目標としていたのだが検討を重ねた結果、あの暗くて極めて脆いBフェイスを突破する確信が持てなかった。
Aフェイスは初登の記録しかないので第二登となるかもしれない。 (SM)
利尻山西壁 ローソク岩正面Aフエイスは1971年5月3日、北海岳友会の京極紘一、野村信昭両氏により初登された。
Aフェイス1~3P目