東の大壁  ああルベルソが 2020年

赤岩 東の大壁

ああルベルソが墜ちていく

2020年8月2日

2020年8月、ピナクルリッジ、西奥壁と比較的難しいルートをフォロー、リード共に何とか登れた私は少しいい気になっていたのかもしれない。
大壁の頭から懸垂し、小林ルートにたどり着き1P目TKリード、特に問題なく2P目SMリードこれも普通に、3P目TKリード、クラックのハングを越えてから落石が激しくなり最後のザレ場の嫌らしさが想像できた。
フォローすると分かっているとはいえどこを掴んでもすべてが動くのは恐ろしい。
次は佐藤ルートに移るため再び懸垂に入る。

事件は懸垂二回目にはいるアンカーで起きた。事件とはなんて大げさなと思うが、今までやったことのないドジなミスはやはりショックだ。
最初にTKが降り、次に私が降りセルフビレーを取った直後ルベルソをロープから外す一瞬手が滑った。いつもは手元までルベルソを胸辺りまで下げてから外すのだがこの時はどういうわけか頭より少し上で外しにかかったのだ。
ルベルソが空中に浮かんだ瞬間、手を延べたが間に合うはずもなく大壁基部に向って落下していった。

高さは50~60mほどあるだろうか、落下の地点は見極めることが出来たが、今回収することは出来ない。他にデバイスを持っているわけではないので知ってはいるものの実際に使ったことのないイタリアンヒッチでアンカーから降りることにした。
TKにしっかり見られていることを意識しながら何とかセットし慎重にかつスムーズに降りなければ今後の立場は極めて悪くなるのは論を待たない。
イタリアンヒッチであろうが、ルベルソであろうが基本は一緒なので繰り出しのロープをゆっくり送り出してやれば特に問題はなくスムーズに取り付きまで降りることが出来た。 

                東の大壁上部

しかし、基本的に非常時や事故の時以外に使うことがない事で分かるように問題はいくつかあった。
一つは降りた後ロープがキンクしてしまうことである。ルベルソなどのATC型のデバイスであればスムーズにロープは繰り出し、キンクすることはほとんどない。
 キンクしたロープはまとまらず扱いが面倒なので1~2Pくらいであれば何とか我慢できるが、マルチピッチの長いルートでは根を上げることになる。
 あと、当然だがフォローをビレイする場合ガイド型ATCデバイスであればロックが自動的にかかるので安全性は完璧に近い。
 イタリアンヒッチでフォローが空中に浮かんだ場合、わずかながらずり落ちる不安が残るのだ。まあ不幸中の幸いと言えるかは分からないがスムーズに降りたことで信頼を損ね次にお呼びが掛からなくなることは防げたかもしれない。
 
佐藤ルートは1P目TKリードでATCを借りてビレイし、2P目私がリードして終了。大壁から遊歩道までの帰り道の足取りが極めて重かったのは言うまでもない。

2020年8月8日

ルベルソを落としてしまったので、早速次ぎの日に秀岳荘にビレイデバイスを買いに出かける。商品を手にしてみると作りが少し細身になっているように見え、価格も3,700円から値上がりし、4,180円に上がっていた。
落下させ少し神経質になっていた私は再び無くしたらどうしよう、やはりスペアも必要かなと不安神経症的に思いがいってしまう。
慎重に、正確に操作したならばなくすことも無いし、スペアも必要ないのは明らかであるが一度あることは二度ある的に考えると、思いは大壁基部に落下して置き去りにしたルベルソのことである。

あんな緩やかに見えるガレであれば探しに行けば、直ぐに見つかるに違いないと8月8日に水、おやつ、ヘルメット等を持ち四段テラス横の新道を通り大壁基部を目指した。ただ通るのは何だから草刈鎌を持ち、整備を兼ねることにより大義名分を狙ったのは正しい見方である。ただ、邪魔な草やブッシュは想像していたよりは多くはなく簡単に基部近くまで到達し、大壁を見上げる。
 過去に何度もここまで来たはずだがほとんど当時のことは覚えていなかった。
ザックをリッジにデポしカメラとヘルメットだけを持ち基部まで行く。
 平日であるので大壁にクライミングしに来るやつは居ないとは思うが油断は禁物である。100m以上からの落石は一発で即死の危険性がある。
上を見ながら不安定なガレ場を行くのは黒岳北稜、前穂高岳奥白股沢以来の行動であり双方向に気を使うのは難しい。
上を見た後ガレの上を目を皿のようにして探すが見つからない、再び上方を見つめガレを探す。この繰り返しを何分続けたであろうか、1時間を越えた時点で真夏ゆえ喉が渇いてきた。デポしたザックに戻り水とおやつを食べに戻りかけたが”はて?”ザックはどこだ?
当然のことに有ると思った場所には姿がない。
勘違いなのかと思い、元の地点に戻り再び探すがやはり見当たらない。
そんなバカなと探してもやはり見当たらない。こんな明瞭な狭い場所で落下させるわけもなく少しずつ焦り始めた。喉の渇きはボデイブローのように効きはじめ、焦りはだんだん増してくる。真夏の水分不足は熱中症まっしぐらなのは誰よりも承知していたはずなのに罠に嵌ってしまったのは確実になりつつあった。
こんな所で倒れたら誰も知らないし、誰も来ないところなので救助は情けない死体でしか発見されないと想像するだけで気が滅入る。

あちらこちらウロウロし時間との勝負になり、ザックを発見一息つくか、気を失うかの
時やっとザックを発見、浴びるように水を飲む。
落ち着いたのでルベルソの行方を再び捜そうと腰を上げた瞬間、なんと2mほど先の影に鎮座しているのを発見。デポした地点を先に撮っていたならば直ぐに場所を特定できたはずだ。ルベルソは落ちたショックで僅かにへこみがあるが予備に使うには問題ないだろう。慢心というか、油断というかどちらもあったかもしれない。
こんな所で、どうしてという遭難が時々あるのは、このようにわずかなつまらない理由で起きてしまうことを身にしみて理解する。誰もが内に秘めている不都合な真実とはこのようなことを言うに違いない。71歳高齢者、愚か者である。

東の大壁基部 左下部にグリーンのルベルソがわずかに見える