2023 年 7 月疲労困憊と道迷い 後立山連峰 天狗尾根、天狗の大下り
7月21 日
3:30起床。まだ暗い表に4:25天狗山荘を出た。 上空に雲一つなく風もない。天狗尾根に上がると、足元に雲海が広がり朝日が美しい。 尾根の上から天狗の頭、唐松岳、五竜岳、そして鹿島槍ヶ岳まで後立山連峰が一直線上に 並ぶ光景は壮観だ。見ていて飽きることはないが、不帰の嶮通過が待っている。
天狗尾根はるか向こうまで山並みが続く 思ったよりやさしいと思うが、乗り越えねば明日がない。それにしても天狗尾根は高低差 がほとんどなく、非常に歩きやすい。天狗小屋から一時間ほど行くと登山者が三人見えてき た。休憩しているのかな?ずいぶん早くに歩いているなと思って近づくと、高齢者が座り込 み、レスキュー長野県遭対協の若者が二人立って世話をしていた。ははあ、これは疲労で体 調が悪くなりレスキューを呼んだのだろう、と想像がついた。
天狗の頭 私のアクションカメラより
真横を、そのまま通り過ぎるのは申し訳ないので「体調不良ですか?」とだけ声をかけた。 こちらを向いて頷いた遭難者の目は意外に力強かった。 顔色は悪くないし、特に心配なさそうなので、すぐにその場を離れて先を急いだ。あとで 唐松山荘にて担当したレスキュー隊員に話を聞いたところ、唐松岳から午後近くに不帰の 嶮に入り、天狗の大下りの登りで疲労困憊となったらしい。
2023 年夏、唐松岳で撮影された 70 代男性の救助の様子が NBS 長野放送ニュース により放送された。
隊員:「ちょっとキツくないですか?結構しんどいですよね、ルート的に。ちょっとルート はお考えになった方がいいかもしれないです」「疲労ですよね?」
70 代男性:「ええ」
隊員:「ビバークセットないですよね?」
70 代男性:「ないです」
県警山岳遭難救助隊・岸本俊朗隊長: 「自分のレベルでこの山に登れるのか、それを客観的に把握できない方が増えている」
天狗山荘まで行こうと思えど、疲労で思うように歩けず、時間がかかり薄暗くなったので SOS を発信したとのことであった。
20 日に八方尾根から唐松岳へ入山。そのまま不帰キレットを越えて縦走し、その日の遅 くに救助要請だ。八方尾根からそのまま一日で不帰越えていく人は、あまりいないのではな いだろうか。八方池山荘を 8:00 に出たら唐松まで4時間ぐらいかかり、到着は 12:00 とな る。不帰を下っていくのに慎重だと 2 時間程度、そして縦走して天狗山荘までとなると、不 帰キレットからは「天狗の大下り」標高差 400 メートルの坂を登らなければならない。
ザレた坂を登るのは、下りほど危険ではないが苦しい。時間に追われて登るのは焦りが出 て、なおさらだ。 恐らく、この登りで精も根も果ててしまったのだろう。天狗の頭付近でレスキューを頼ん だのは正解だった。幸運にも天候が晴れで、気温も暖かったことが幸いした。 暗い中、レスキュー隊員であっても唐松岳から不帰の嶮通過は無理なので、夜が明ける頃、 駆け付けたらしい。
71 才とのこと。同年代の私は、まことに他山の石とせねばならない。 たぶん昨日レスキュー依頼は正しいと思う。 ヤマレコ、ヤマップなどの SNS では、とても日帰りでは困難なコースを日帰りハイキン グとして、当然歩くペースは 0.5~0.6 などと載っている。 屈強な 20~30 代、もしくはトレランであれば不可能ではないと思う。 今日、山に関しての情報は本、雑誌に比べて圧倒的に SNS が多く、私も当然参考にして いるのだが、あまりに超高速登山レポートが多すぎる。 経験の少ない登山者がそれを見た時、自分にそのまま当てはめることはなくても、大いに 参考にして無理をする。結果疲労困憊で動けなくなるかふらついて転倒する。 最悪、滑落してしまい骨折、そして死亡事故へとなりかねない。
よくその点を指摘するコメントを見かけるが、アクセスランキングでは常に上位に載っ ているのは問題だろう。営業的に派手なレポートが売りになるので、やめられないのは理解 できるが、ココヘリを勧める業者としてマッチポンプのような姿勢に疑問が残る。
5:20天狗の大下りスタート地点に到着。
天狗の大下りは油断のできないガレやザレが連続している
上から見た大下りは想像していたより複雑で長く見える。傾斜はそれほどないが、ガレの ツズラ折りと、時折鎖場が出てくる。鎖場に危険はないが、ガレとザレ場は長いだけに疲れ が出て足を踏みはずす可能性が高く、注意を要する。
ほとんど休みなく一時間ほど一気に下って行くと不帰キレットに到着した。 眼前に不帰一峰が大きく立ちふさがっているが西斜面をトラバースなので困難ではない。 しかし、なめたらいかんと、岩場を進んでいくと突然道が途絶えたのだ。 上方を見ると道らしきものが見えるので、岩場で目印を見落としたのだ。 すぐに戻った。ここで後方の大下りを見ると後続の登山者が二人接近してきていた。
鎖部分は岩もしっかりしているので危なくはない
岩場よりガレ場、ザレ場の方が数倍危険なのはどこも同じだ。 年寄りは思ったより足が上がらず、けつまずき転落してしまうことがなにより恐ろしい。 若い時のイメージを引きずると、無理をしてしまい疲労困憊で遭難だ。 その後、大下りを通過し不帰の嶮一峰、二峰、三峰と無事登り切り唐松岳へ到着した。
山行から二か月がたち、このような驚くニュースが飛び込んできた。
『警察によりますと、9月17日、北アルプスの不帰嶮の近くにいた登山者から「富山県側 から『助けて』という声が聞こえる」と警察に通報がありました。 警察などがヘリコプターで捜索したところ、声は聞こえていたものの見つかりませんで した。4日目の20日夕方、不帰嶮から西に1キロほど離れた谷で手を振る男性を発見し、 ヘリコプターで救助したということです。 男性は「救出されるまで近くに流れている水を飲んで 8 日間生きのびた。雨具で寒さを しのぎ、遭難した場所から動かずに救助を待ち続けていた」と話している。 警察は遭難した場合には、通った道を戻ることがセオリーだとしたうえで、体力が消耗し ている場合はその場からむやみに動かないで体力を温存し、救助を待つよう呼びかけてい ました。』 NHK 富山 NEWS WEB より
ライターの森山憲一氏のブログでも実際に現場の検証を行った記事が出た。
森山憲一氏のブログより
『まず、天狗ノ頭から下ってきて、この場所に突き当たったら要注意。天狗ノ大下りが始ま る部分で、鎖場になっています。登山道は青線のように続いていますが、赤線ルートにもけっこう明瞭な踏み跡があります。どちらもすぐに合流するので大差はありません。 問題はその合流部分。上の写真がその合流地点ですが、写真右方向のガレた沢状を下っ ていってしまうおそれはあるなと感じました。 赤線を下ってしまうとガレ沢に入り込んでしまうというわけです。正しい青線の道は一 段上がっていて、足元ばかり見て歩いていると見落とすことは十分ありそうだなと感じま した。』
森山編集所 登山ライター森山憲一のブログより
さらに森山憲一氏のブログには、遭難に至る背景と直接の原因につての詳細を解説した 『豊後ピートのブログ 不帰ノ儉付近で道迷い遭難に陥った登山者が8日ぶりに救出され る』が紹介されていた。 豊後ピート氏のブログでも、天狗の大下り最上部付近の鎖場が遭難の発端になったと書 かれている。鎖の末端から離れた時、谷に向かって左へ直角に曲がらなければならないのに、 鎖の下がっているルンゼへ真っすぐ下ったのではないかと分析している。
以上のブログ記事を見てすぐに、天狗山荘から唐松岳までアクションカメラで撮影して いたので、手元のファイルをチェックしたところ、やはり私が 7 月 21 日に通過した時と正 しく同じ個所が写っていた。ブログ写真と同じく緑の細いロープがルンゼをさえぎるよう に横切っていたが、その端は石コロとブッシュに結ばれており心もとない感じだ。記事のよ うに足元だけを見ていたならば、左の壁にある赤丸を見逃す可能性は大いにある。 しかし、たとえ見逃したとしても、ルンゼを下がるとザレがひどくて間違いに気が付かな いはずはないと思われる。
恐らく、記事にあるように戻ろうとしても戻れずに下って行かざ るを得なかったのだろう。下りきってから左方向の登山道にトラバースすることを考えた のだろうが、脆い岩場に出てしまい動けなくなったうえ、ハイマツの海を漕いでいく気力を 失ったようだ。しかし、経験の差があるにしても、道迷いは必ず短時間で違和感があるはず だ。 昔からうるさいほど言われているように、立ち止まり、周りを見渡し地図を見る。 スマホのアプリであれば現在位置が正確に表示されるので、とても有効だ。
おかしいと思ったら、間違いのない地点まで引き返すことしかない。 私とて、山道を歩く場合、遠、中、足元を繰り返し見渡しているはずだが、危険な岩場で 辺りを見渡す余裕がなくなった場合、赤丸、ピンクリボン等の道標を見落とす可能性は十分 にあるだろう。 たった一か所見落としただけで追い込まれてしまうことを心に留めたい。 とくにはじめて歩く登山道であれば、地図とネット記事をあらゆる方向から調べて臨む ことが望ましいと考える。
この遭難は、行方不明になってから 8 日間後に発見、救助という奇跡的な出来事だった ため登山関係者の関心を引くことになった。 繰り返しになるが、あたりの雰囲気がおかしいと思ったら一度立ち止まり、水を一杯飲む ことを勧めたい。
上空から俯瞰すると遭難場所は正規から相当離れている google earth より
7 月 21 日私が通過した時の状態、青が正規、赤は間違い 緑のロープもある
この緑のロープは遭難時にはルンゼの下に落ちていたようだ
推定だが赤線を下ったと思われる 最下部から手前の正規の道まで戻るのは極めて困難 。現に天狗の大下りを降り切った後、私は不帰の嶮一峰の斜面のハイマツ帯で一瞬、道を見 失った。岩の上の道を 10m 程真っすぐ進んだが、ハイマツが覆いかぶさり間違ったことに 気が付いた。すぐ引き返し、正しいルートに戻れたが、あのまま強引に進んだら、ハイマツ の海で泳ぐ羽目になったに違いない。疲れていたら、まさかそんなところへ入り込むはずは ないとか、落石が落ちてこないだろうといった楽観的見通しになりがちだが、ぜひ避けたい ものだ。
この岩場を真っすぐに進んだが正解は手前の岩を左へ直角に折れる それにしても遭難者は 8 日間よく頑張った。水が流れていたとはいえ諦めない気持ちが 生還に至った要因だろう。繰り返しになるがこの救助は奇跡だと言えることだ。 もし、遭難者の救助を求める声が不帰の嶮登山者に届かなかったら生還は出来なかった だろう。救助ヘリの捜索にも限界があり、見つかる可能性が低くなると毎日飛ぶわけではな い。 もし、という言葉はあまり使いたくないが、ココヘリを持参していたならば捜索初日にで も救助された可能性が高い。このように広く開けており、谷筋で電波の通りにくい死角がな い場所は一発で発見できたと思われる。
ただし、ココヘリ加入者といえども持参することを忘れ、ヘリによる救助も無駄になるこ とが増えているとココヘリ事務局で注意喚起している。 偶然とはいえ、たったの一回の山行で二つの遭難事故とすれ違ったことは、改めて老齢登 山者の自分に警鐘を与えてくれたように感じた。 よく言われているが、緊張が続くほんとうに危険な場所では遭難はあまり起こらない。 間違えるはずのないと思われる道の何気ない曲がり角、ゆるやかな岩場などで重大な事 故は意外と多いのだ。 初心者だけではない。ベテランや著名な登山家、クライマーであっても例外ではない。 楽しい登山を安全に楽しみたいものだ。